齊藤惠子

わたしの夢は、
楽しんでやることが何かの役に立つことです
だからいつも楽しく力を抜いて暮らすことを心掛けています。
どうぞよろしくお願いします

素敵なウェブサイトを作りましたよ
https://samawellbeing.localinfo.jp

記事一覧(173)

幻を生きている

おはようございます。いつもお読みいただきありがとうございます!初めて早朝の投稿です。夜行バスに乗って新潟に着きました。新潟は雨です。これから中古車屋さんに向かいますが、お店が開くまで時間があるので、ブログを書くことにしました。仙骨先生のことをブログに書くようになってから、ポツポツお問い合わせを頂くのですが、申し訳ありません。お会いしたことのない方のご紹介は控えさせて頂きます。すいません…。私も実際にお会いしてご紹介頂いたので、そういった流れが一番自然だと思います。困っている人にとっては良心的で有り難いですが、施術者の背景には、陰徳を積むとか、霊格を上げるなどあるかもしれませんし、道の妨げにならぬよう、実際にお会いした方や私が紹介したいと思う方の方が良いかなと思います。ただ、最近受けた業謝行も仙骨先生の行う治療も、共通するのは密教の要素ということです。ブッダが始めた仏教を空海が集大成したもの?という解釈で合っているかな?なので、密教を学ぶのも良いかもしれません。不要な業や潜在意識、霊障はどれも日常に支障をきたしますが、それがきっかけとなって幻の世界に気づき、意識的に創造していく人生を生きるのだと思います。だから有難い。密教と聞くと宗教色が濃く感じます。「宗教」という言葉に対して胡散臭さとかマインドコントロールなどのイメージが浮かびますが、メディアによって植えられた「思い込み」です。どうしてそう思うのか?常に自分に問いかけて幻から抜けていこうと思います。

業謝行

もう10月ですね。いつもお読み頂きありがとうございます。9月はいろいろあり過ぎて、なかなかブログを書けずにいました。そして私は住宅の申請が通れば、まもなく佐渡島へ引っ越す予定です。今日は税務署に廃業届を提出しに行ってきました。ここ方南町でヨガ教室やカウンセリングをしましたが、一度、完全に閉めることにしました。このブログはどうしようか迷い中ですが、Facebookページは閉めることにしました。今まで本当にありがとうございました。なんだか本当に人生に一区切りついたようで、やることがあり過ぎるのに、わりと心が静かなんですよね。時々は感情が揺さぶられますが…。さて、今日は書いておこうと思ったテーマがありまして…先日、不思議の会を主催する横田和典師の業謝行を受けたことについてです。業謝とは、皮膚を指先で軽擦するだけで皮膚を通して、人間の潜在意識をクリーニングする技法です。現在は新規申し込みを受け入れていませんが、私は受けてみたく、自分で縁を作って受けさせていただきました。業謝を受けてみて、一番の痛みと皮膚の変化を示したのは右の太腿でした。太腿は腸や子宮、右太腿は肝臓の反射区でもあるようで、特に私の場合は肝臓が悪かったのか、翌日背中が張って痛みました。そして、業謝中に出てきた感情があったのですが、「なんで産んだんだっ!」という怒りと悲しみでした。太腿に業謝を受けている最中はこの怒りと悲しみと痛みで頭を抱えてしまいました。ただ寝ているだけなのに汗びっしょりになってしまい、こんなに汗をかいたのに、その日は尿の量が多かったのです。私が根底に抱えていた潜在意識が、わたしを産んだ親への怒りのようでした。カウンセリングをしていても私と同じように産んでくれたことへの感謝よりもむしろ辛い経験が多すぎて行き場のない怒りと悲しみを抱えていらっしゃる方が多かったです。そういった業を手放したせいか、佐渡島への引っ越しが私にとって親との物理的に程良い距離と感じ、静かな心でいられる幸せを感じるとともに、僅かながらこの世へ生みだしてくれた母への感謝と寂しさ、今まで良くしていただいた義母との、会えるけどもう会えないみたいなお別れが近いようにも感じて切ない涙がこぼれます。人生の一区切り今まで無意識に振り回された自分を終わりにして、意識的に自分を生きていけるといいなと思いました。創造者になり自由の責任を持ちましょう。

それなりについてる

こんにちは!いつもお読みいただきありがとうございます!私のブログの記事でよく読まれているのが、「たましいのお医者さん②」です。今年の4月に書いたものなのですが、いつも閲覧記事のトップにいます。それだけ、たましいのお医者さんである仙骨先生の放つものが大きいのでしょう。今日は「たましいのお医者さん」シリーズでお届けしていこうと思います。先日、仙骨先生のところへ伺いました。佐渡島を旅して、インスピレーションが刺激されたり、お米の美味しさに感動したり、佐渡にいる友人との再会が嬉しかったりと、元気になって東京に戻ったつもりでした。移住を目的とした物件も一件だけ見学させていただきました。写真の古民家がそうなんです♪東京に戻ったら週末は仙骨先生のところに予約を入れていたので、仙骨先生にお土産を買っていきました。そして週末に行って治療を受けると、「それなりに憑いてるよ」と言われて驚きました。「えっ!だって佐渡島に行って元気になったのにっ!?」と聞くと、「肉体の健康と障は違うんだ。金山で亡くなった人いっぱいいるしね。」と諭されました。ちなみに金山周辺は行っておりません。確かに佐渡では就寝前にお腹が痛くて呼吸が出来ないことが数分間あったのです。思い当たるふしはそれだけですが、そういうことが今までにあったのは、お盆前に戦没者の弔いや、酷い霊障らしいものにかかったクライアントを相手にした時だったかもしれません。たぶん…。うーん、憑いちゃうのか…。どうやったら憑かなくなるのだろう?憑くと徐々に仙骨周辺に痛みをともなったり、息が出来ないぐらいの腹痛や、物事の判断が鈍るとか、慢性的な怠さとか食べるものが適当になり、寝る時間が不規則になり、やることが意味もなく出来なかったり、要はダメ人間になってしまうというのが私なりに分析した症状です。佐渡島、住みたい!憑いちゃうことをなんとかしたいな…。それだったら憑いて浄化の繰り返しか、金山周辺の土地の浄化はどうだろう?死傷者の弔いもちゃんとしよう!生きている人間を相手にするよりまだマシだ!などと、しぶとく移住を念頭に置いて自分の心身の健康について考え始めました。私の魂の願いって何だろう?ヨガでみんなと心身の健やかさをシェアすることだと思っていましたが、霊障を通して死者を弔うことなのかなぁ?なんてぼんやり考えてしまいました。何故なら、この作業は辛いけど、こうして生きた人たちの気持ちを理解するという共感と感動、癒しへと向かわせるのが霊障の醍醐味?といえばそう感じるのです。だってさ、例えば「分かってもらえなかった」っていう、無念の想いを残してこの世を漂う霊の安らぎの道案内が出来たら素敵だとも思うのです。さぁ、どうする? 私…。みなさんもこの世に想いを残すことなく、楽しく人生を送って行きましょう!

新天地を求めて

前回はかなり凹んだブログになりましたが、少し元気を取り戻しました。励ましのメッセージありがとうございました!生きているといろいろありますね。そのいろいろが楽しめなくなったとき、魂が疲弊しているか、次の展開を迎える予兆なのか、今までがあまりにも虚ろな世界を生きてきたからなのか、本当のことはよく分かりません。ただ、何をやっても上手くいかず、頼りになる人も理解者もいない時、そんな時こそ自分の中心に安住するキッカケとなるのでしょう。そのためには、東京は辛すぎました。先日は新天地を求めて佐渡島へ行って来ました。佐渡島の何もない豊かさに満たされ、たった一泊の滞在にも関わらず、自分の内側が充電されて戻りました。何があってもきっと大丈夫という安心感。豊かさと自由。非常にパワフルなスポットでした。おすすめです!そして、佐渡島に住みたいと思いました。最近ヒーラーズヒーラーという言葉を知りました。癒し手を癒す人という意味だと思いますが、こんなのが流行りだすのも東京ならではかもしれません。東京は疲れます。やっと気づきました。ヒーラーが自らを癒す時に必要なのは、充分な睡眠と豊かな自然環境、ビタミンやミネラルが豊富な野菜や果物、そして体力を付けるための適度な運動、自身を見つめ直す静かな自分だけの時間です。そんな環境に身を置いて自分と向き合うと、自ずと気づきや癒しが起こります。東京にはそれら全てが乏しいため、お金を払わなければ自分を癒すことすらままならないのです。スピリチュアルに生きたいのに、物理次元のエネルギーが強すぎる。だから今後は、自然豊かな環境に身を置こうと思いました。そんな環境に身を置いて、何かやってみたいと熱意が沸いたら、また新たなスタートになるでしょう。佐渡島から戻ると、持て余していたハギレで細長いバッグをいくつも作っていました。

リセット

前回のブログから大分日にちが経ってしまいました。いろいろあって凹んでしまい、未だ心が膨らまずに落ち込んでいます。結論から言うと、夫に離婚を突きつけられ、マンションは売却に向けての話しになりました。わたしが精神世界を彷徨っていることに嫌気がさし、夫の話しを聞き入れなくなったことでしょうか?すべて自分のせい、わたしが間違っていたし、傲慢だったということでしょう。スピリットの世界はわたしにとって確実なものですが、そこから徐々にそして決定的になるまで確実に夫と波長が合わなくなりました。好きだけれどもう合わなくなっちゃった。過去の楽しい記憶にしがみつく自分が情けないし、こうなる前にもう少し家族を思いやる心配りが出来ていれば良かったって後悔だけが残ります。この件に関しては、もう離婚の流れしかないようで、どうあがいても無理のようです。だから、この夫婦生活をリセット住まいもリセットヨガを再開する予定もリセットカウンセリングとかヒーリングもリセット辛くて恐くて孤独だけれどすべてリセットするところからはじめなければならないようです。だからこのサイトも年内にはおしまいにするかもしれません。あるいは、新天地で再開するかもしれない。全部リセットしたほうが潔い気もするけど、かすかな未練を残しつつ、今月は身辺整理の日々となるでしょう。ブログを読んでくれた人ヨガに来てくれた人カウンセリングやヒーリングを受けてくれた人、どうもありがとうございました。すこしは本来の自分に立ち戻るお手伝いが出来たのでしょうか?そして夫にはそのようなわたしの活動を嫌だと思いながらも今まで我慢して付き合ってくれたことに感謝です。夫の意見では、カウンセリングやヒーリングはクライアントを依存させ、お金を儲ける手法のひとつであるという観念があり、それが最大の嫌悪の原因でもあり、そのようにの精神世界にのめり込んでいくわたしが嫌でたまらなかったようです。ヨガはその入り口だった。ヨガや瞑想まではよかった。そこから不可思議な世界にのめり込むわたしについていけなくなったというか、もうあきれてしまったとのこと。確かに「でっち上げ」の世界で収拾がつかずにやり続けている人や、逃げ場がないよう追い込んでお金を取る人にも出会った。ヒーラー同士のつぶし合いも見たし聞いた。それだけ光と闇の深い世界なんだと分かったし、光の強い人はそれだけ闇に突き落とす力も強いのが分かった。ささやかな愛に生きる人もいた。とぼとぼと自分に誠実に生きる姿をさらけ出す姿に勇気づけられた。そういう世界でお金に困ってしまうこともあったし見てきた。そしてそういうことはタダでやれとのごとく友情を盾に近づく人もいた。いろいろあって傷ついたし惨めだった。それ相応の学びもあったし。分かち合う喜びもあった。もしかすると、自分も誰かを傷つけていたかもしれない。だから夫の言う通り、この世界に浸りすぎた自分がいけないとも思った。自分のスピリットを否定して生きてはいけないし、スピリチュアルを嫌悪する夫と一緒にいることも叶わない。ありのままの自分の存在がこんなにも身近な人を苦痛に至らせていた自分が情けないけど、仕方がないことと割り切るしかないですよね。切ない想いがあふれてきて暫くは泣いて過ごしましたが、ほんのちょっと活力を見出しブログが書けるようになりましたよ。ほんとうはカウンセリングやヒーリングがいらないぐらいすべての人が幸せで満ちた世の中を生きることなんでしょうね。今日は元気がなくてごめんなさい。また元気が出てきたら近況を報告出来ればと思います。

魂の願い

今日はほんの少し本棚とクローゼットを整理しました。不要になった本をバッグに入れて近所のブックオフに持っていき、ここ数日は心と体と身の回りの整理をしています。瞑想もしていますが心の整理は一人で行うのは難しく、自分の心と向き合うための相手と場が必要になりました。仙骨先生のところへ通い治療を受けたことも重なり、良い心のデトックスが出来たようです。良くも悪くも諦めのような軽さと、これから進む方向性をうっすらと見出し、そのために手放す物事が少しだけ具体的になりました。今日は怠くて寝たり食べたりしながら夕方になって急に不要品を片付けたい衝動に駆られました。今まではだらだらと行っていましたが、片付けは一気にやらないとダメですね。そして思い切りも必要!わたしは何がしたいのだろう?すべての人は魂の願いというか使命があります。大雑把に言えば進化のための経験を積むことそのためにいろいろ今生で経験を積みます。そして人生のドラマを俯瞰的に観ることで振り回される人生から自ら人生を創造していく方へと向かうこと。宇宙の源へと向かうことこのことについてずっと考えてきました。そしてヨガとかカウンセリングとかヒーリングとかリラクゼーションとか瞑想とか、、、いろいろやってみました。自分に向いているのはなんだろう?そう考えて一番はやっぱりヨガかもしれない。そんな感じに落ちました。もう手放したものだと思っていたのに、、、。真理とは変化し続けることだそうです。だからこの想いも変わるかもしれないけれど、変化を怖がっていたころから徐々に行動が変わりはじめたとき或は環境が変わりはじめたとき人生がまた方向転換を始める予兆のようです。そういうときは結果を気にせずまたやろうという気持ちが湧きますね。繰り返す動作、意識を向ける呼吸、ふと沸き起こる感情、少し離れた視点から見つめる自分。ヨガに来た人がそんな意識を話してくれたら、今だったらもっと深く向き合えると思いました。だからヨガに戻りたい。そんな気持ちが身辺整理に繋がっているのではと思います。だから年内にはヨガ教室を復活させたいと思っていて、そしたらみんなヨガに来て楽しんでいって欲しいです。

出来事はただ起こっている

最近は何となく心中穏やかではない日々を過ごしていました。心の中がモヤモヤしていたり、嫌いな人が「超嫌い!大っ嫌い!」みたいに感情が膨らんでしまい、日々の生活が面倒になって投げやりな行動になったり、そんな自分に嫌悪したり、、、ネガティブな感情が渦巻いていましたよ。それでも一応やることはやっていました。すると、人との会話のいくつかの単語がその後の日常に別の形で展開するというか、会話の内容とは異なる形で今後を指し示しているのではないか?という繋がりを感じる出来事がありました。ぽつり、ぽつりと迷いながら歩いている人の足下に目印になりそうな小さな石を置いてくれるみたいな、、、そして、わたしが否定的な見解だからこうなって、否定的に感じるのは自分に必要ないことだからかもしれない。わたしの色眼鏡で観ていた世界は結果的にこうだったのか、、、。みたいに腑に落ちたのでした。否定的な感情に振り回されそうになった心が静けさを取り戻し、「ああ、わたしはただ起こった出来事に感情が湧いてその感情に振り回されているだけだったんだ。」って少しだけ静かに現象の世界を観察する心境に落ちて、ネガティブな感情とか心のモヤモヤの最中でも見えない何かに見守られ、置かれた布石に気づくことで生かされている感謝が湧きました。そうそう、感謝って沸き上がるものなんですね。感動もそう。喜びも悲しみも内側から沸き起こる感覚。それだけで充分に確かなものでしょう。辛い状況の方がより一層の有り難いものだと、起こる出来事を問題として捉えている自分を静かに見つめる視点に立ち返った最近の出来事です。

わたしたちは行動の結果に生きている

昨日と今日は庭の植木の手入れをしました。連日の猛暑で植物たちもお疲れです。大きめの植木鉢に蟻が巣を作っていました。その蟻を狙って蜘蛛がうろついていたので、植え替えをしました。生育に合った場所に植物を配置し、更にリビングから見たとき見栄えが良さそうな位置に微調整しました。久しぶりに顎から滴るほど汗をかいて、シャワーを浴びるととてもすっきりしました!そして暫くリビングから庭を眺めてうっとり、、、。いろんなお手入れ全般に言えますが、考えずに黙々と行う作業が好きです。日頃、悩みは耐えないけれど、後先のことは本当に「分からない」ものです。不安から抜けるために行動してみたり、わくわくすることをやってみたり、その結果を判断してみたり、そしてその判断に一喜一憂する。自分の下した判断で自身を評価し、その評価に感情が揺れ動き、無意識にその感情が潜在意識に記憶される。そこから現実を生み出し、無意識に創造した独自の環境に生きている。そう、わたしたちは無意識にその行動の結果に生きている。だから自分の潜在意識の支配から抜けるためまずは行動する。動いてみなければ何も変わらないし、何も起こらない。本当はもっと自由にもっと楽に生きられる。考えずに黙々とする作業今できることを黙々と、嫌と思ったことは後先考えずに辞めてみるとか、上手くいくか不安なこともとりあえず後先考えずにやってみる。先が見えないのだから恐いのは当たり前。黙々と、、、。まずはやってみる。ついつい結果に評価を付けたくなるけど、大切なのは結果ではなく黙々と行うその「行動」なのだと思ったのでした。

千日回峰ならぬ仙骨解放

今日は魂のお医者さんシリーズです。のっけから下のはなしですいませんっ(汗)昨日は「う◯ち」が3回も出ました。昨日あんなに出たのに、今日も見事に出てくれて、「う◯ちさんありがとうばいば〜い!」って感謝とともに流しましたよ♪今日は仙骨先生のところへ治療に行く日です。仙骨先生は仙骨に憑いた霊障をとるお医者さんで、魂のお医者さんのような方です。仙骨先生のところへ行く日はだいたいお腹がゆるくなります。そして、たくさん出ます!(笑)これも好転反応のひとつだそうで、もともと便秘がちだったわたしには嬉しい限りです。約一ヶ月前、家系の大きな霊障が取れて吹き出物が出ました。気がつけば手にいくつかあった小さな切り傷も好転反応でしょうか?今日聞いてみようと思いました。やっと取れて泣きそうになりました。静かに自分に安住する感覚に浸ります。そして、なんとなくうっすらとそうじゃないかと思っていたのですが、仙骨先生のところへ通う人の大半は、治療を続けながら他人の霊障?も引き受けて、そして仙骨先生のところへ運ぶお仕事がもれなくついてくるようです。だから、仙骨がまったく痛くないわけではなくって、前よりはだいぶ楽になったけど、辛い時もあります。そして、先生のところで取ってもらって、音叉でエネルギーを入れてもらって帰って来ます。何かたくさん憑いた時は、八王子までの電車の時間が眠かったり、怠かったり、頭痛がしたり、吐き気がしたりします。そして帰りは電車の中で理由のない幸せというか、安心感に浸りながら家路へと向かいます。それを先生は、お坊さんの修行の「千日回峰」に因んで「仙骨解放」と言います。「八王子まで来て、そして帰るだけ、楽な修行だろ?」って笑います。そして「地方からは夜行バスとかで来る人もいる。出来るだけ安い交通費を使って。あんたはまだいい方だ。」って軽く諭されました。そういう人の中には特に霊媒師のお仕事をしているというわけでも、ヒーラーのお仕事をしているわけでもなく、普通のOLさんなんかもいるようです。みんな人知れずにそれぞれの修行を積んでいるんだなぁと感心します。社会で働くお父さんや子育てしながら働くお母さん、そういう人の方がすごいとも思います。わたしの出来ないことが出来ている、、、。だからわたしが今できることを丁寧に、そして淡々とやっていこうと思いました。日々、すべての存在に感謝できますように、、、。