小さな奇跡

前回

父に会いに実家に帰ったとき、

いろいろと感じること、

思うこと、

気づいたこと、

たくさんあって、

それについて書こうと思います。


今回は父と母に、

幼少期の心の傷を打ち明けた話です。


わたしの心の傷、

いわゆるトラウマは、

40歳を過ぎてまで、

自分ではなかったことに打ち消すほど深く、

自ら葬り去っていました。


それを自分なりに克服し、

父と母に会いたいと思うようになったことでも、

わたしには大きな進展だったのです。


なので、

これまでの経過を両親に話すことにしました。


すると父は、

「そんなことはなかった。」

母も、

「そんな記憶はないんだけど。。。」

と言い、

もみ消すかのごとく打ち消しました。


そして母は、

治癒過程にあるわたしの傷をほじくり返すような

具体的な質問を、

何度もわたしに繰り返しました。


わたしは絶望と悲しみ、

怒りがこみ上げました。

これまで時間をかけて自分を癒し、

父と母を許し、

様々な思いを愛に変えて、

やっとここまできたのに全てを打ち消された。

もうだめだ。

そんな絶望の境地に立たされたのです。


その時、

不思議な感覚が起こりました。


わたしの心の視点のようなものが拡大し、

父がショックで、

この出来事を受け入れることが

確実に困難な状況であること。

母は彼女なりに理解はしたけれど、

事態を認めるようとはせず、

今後どのように振る舞うのが

世間一般の母として理想的かを思い倦ねていること。


この2人の感情が、

一瞬で自分のことのように分かってしまったのです。


わたしは、

父と母に言いました。

「分かってもらえないということが分かった。

 でも一番分かってもらいたいと思ったのは

 両親だったのを忘れないで欲しい。」

そう伝えたんです。


すると父が泣き出し、

「そんなことは分かっている!

 ただ父として、

 その状況を理解するのがどれだけ苦しいか、

 今は混乱しているんだ!」

と、むしろわたしに同情を強要しました。


その心情はとても理解できるものでした。

わたしの心の傷とはいえ、

癌という重荷を背負う父に、

更なる重荷を与えてしまったんだ。


そう思うと、

もう過去のことだしこれでいいんだ。

そう府に落ちたのでした。


どうにもならない絶望の境地に立たされた時、

一瞬におけるすべての理解

その状況は自分と他者の思いが分かる「理解」の領域、

辛さと有り難さを同じぐらい感じた奇跡でした。

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