自己価値の低さが生み出すもの

以前の私は自己価値の低い人でした。

この自己価値の低さはどこからきたのか?


私の父は、

男の子を望んでいました。

姉が生まれ、

次に私が生まれました。

そして、

3人目でやっと男の子が生まれたとき、

父は万歳して喜んだということを母から聞きました。


誇らしげに「長男」という言葉をよく発していました。

この出来事が、

女で生まれたことの自己価値の低さを生み

自分が望まれないことの恐怖と

弟への怒りに変わりました。


そこから更に、

自己犠牲、

自己否定、

自己嫌悪へとつながります。


私が我慢すればいいこと。

私は望まれた存在ではない。

誰かに認めてもらいたい。


望まれれば喜んで犠牲を払うようになりました。

ここまで自己価値が低いと、

何をやっても達成感や喜び、

感謝は得られないものです。

自分に価値を見出そうと必死に生きる意味を模索します。


何がやりたいんだろう?

何のために生きているのだろう?


ずーっとずーっと、現状に満足出来ず、

考えていました。

だけど、

生きる意味なんてないんですね。

生きていることに価値がある。

ただそれだけ。


自分の価値はだれにも決められません。

両親でさえ決められないのに、

私は愛されていないという思い込みで生きていました。


自分で自分を愛せばいいこと。

自分を愛するだけで、

物の見方、

考え方、

価値観が変わりました。


誰かに認めてもらおうとすると、

判断に捕われます。

相手の顔色を伺ったり、

自分を犠牲にします。


自分に価値を見出すと、

自己犠牲、

自己否定、

自己嫌悪がなくなります。


だれが何と言おうと、

そこで関係が壊れたとしても、

壊れることが成就しただけ。

腑に落ちます。


そして、

壊れたとしても、

結果が喜ばしいものでなくても、

後々感謝の気持ちが湧いてきます。


もし、

自分の愛しかたが分からないときは、

私を訪ねてみてくださいね。

Samawellbeing

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