父のこと

わたしの父は芸術家を目指したようです。

しかしそれでは食べていけないということで美術教師になりました。


山へ行けば、

白骨化した鹿の頭骨を拾ってきたり、

切り倒された切り株を拾ったり、

川で水晶を見つけてきたり、

ドライフラワーや孔雀の羽根などを買ってきては

油画のモチーフにしていました。


そんな朽ち果てた命の片鱗を愛おしむ父を、

幼い頃はとても尊敬していたし大好きでした。


野球中継を見ている父を見て、

「どっちを応援しているの?」

と聞くと、

「負けている方」

と答え常に弱者を応援する父。


弱いもの

見向きもされないもの

そういった虐げられるような存在に、

やさしさを投げかける人に寄り添いたくて、

父を親に選んだのかもしれません。


人には必ず好ましい面と、

そうではない一面があります。

父の好ましくない一面は、

親や社会に対して抱いた何らかの不満からくる反抗心でした。


父の嫌いな一面に反抗すると怒り狂い、

「オレの言動は絶対だ」

という傍若無人な振る舞いを始めました。

結果として幼いわたしは屈します。


それがわたしの無意識に深い信条として定着した

父に対する「奴隷意識」でした。


この奴隷意識を手放していくと、

あれだけ嫌いだった父の

好ましい側面が甦ってきました。


幼い頃の記憶はお父さんが大好きで、

いつも父を追いかけていました。


お父さんはかっこいい

お父さんはやさしい


そして大好きだった父の呪いにかかった。


奴隷意識という呪いが解けると、

末期癌で薬漬けになりながら

残された人生を生きる

命の片鱗になりかけた父がいました。

Samawellbeing

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