地球の熱病④

ということで、

今日は

地球の熱病①

地球の熱病②

地球の熱病③

に引き続き「地球の熱病④」をお届けします♪



チャラカ・サンヒター第3巻3章

流行病(人々の間に蔓延する病気)


人間の道徳的義務と特質は、

各々のユガの転変において4分の1ずつ減少した。

これはどのようにして全宇宙が消滅するかということである。


ユガの1/100が経過した後、

人間の寿命は定められた年齢から

実際の人生の期間が年々減少していった。

このように、

いにしえの時代の病気の起源が述べられた。(25-27)


アグニヴェーシャは、尊者アートレーヤに問いかけた。

「主よ!人の寿命はあらかじめ決められているのでしょうか?」(28)


アートレーヤは答えて言った。

「アグニヴェーシャよ! 

人の寿命の道理はダイヴァ(運命)と

プルシャカーラ(人間の努力)の両者の力によって決まる。

前世でなされたことが運命として知られ、

運命とよばれる結果である。

そして

今生におこなわれたことが人間の努力として知られる。

それは人間の努力に基づく結果である。

力のあるなしはこれに依存している。


上述の両者の作用様式は3種に分類される。

弱い、中等度、強いである。

強い部類に属する両者の、

この種の作用と結果との関連性は、

運命の及ぶかぎり長く幸福な人生をもたらす。

弱い人たちの場合、結果は反対である。

そして普通の人の場合、結果は中等度である。

運命づけられた寿命であるにせよそうでないにせよ、

別の論点を聞きなさい。(29-32)


弱いダイヴァ(前世の行為)は、

強いプルシャカーラ(今生における行為)によって打ち負かされる。

同様に、強い運命は今生の努力を打ち負かす。

このことから一部の学者は寿命が例外なく

運命によって決まっているという見解をもつ。

強い運命の結果は常に明白である。

それが明白になるときは

過去と同質の環境の有効性に条件づけられる。(33-35)


運命と今生の努力のどちらも、

寿命を決定する役割を演じるとすれば、

これに対してどちらか一方が原因であるという偏った見方は望ましくない。

我々は自分たちの教説を、

例をあげて明らかにしよう。


すべての個人の寿命があらかじめ決まっているならば、

それはすべての人が一定の時間で死ぬ運命にある言うことであろう。

その場合、

人は長寿を得る目的でマントラ(呪文)、

お守りを身につけること、

そして宝石、

縁起のよい儀式、

供儀、捧げ物、喜捨、

宗教的な決まりごとの遵守、

贖罪、断食、祝福、儀式、

敬意を払うこと、

巡礼やそのような縁起のよいおこないに頼ること

を必要としないであろう。


人は狂暴で、獰猛で、興奮した雄牛、

象、ラクダ、ロバ、馬、水牛、

有害な風、滝、

山々をとおりぬけて横断が困難な、

危険な流れの川に注意を払ったりしないであろう。


粗野で、敵意ある、興奮した人々、

そして心が混乱と貪欲で苦しめられている人、

興奮に燃え上がる敵、

爬虫類のようにさまざまな毒をもった動物、

無理をすること、

場と季節において助けにならない養生法、

国王を怒らせるような行為。

もし、寿命が前もって定まっているのなら、

何人も上記の要因に起因する免れない死を恐れるべきではない。


さらにまた、

早まった死を防ぐための処置をとらなかった人々は、

それを恐れるべきではない。

健康増進に関する伝授と論議に該当する章の

すべての教えは無益であろう。


インドラ神(神々の王)でさえ、

あらかじめ寿命が決まっている敵を

彼のヴァジュラ(稲妻:インドラ神の武器)で殺すことはできない。

アシュヴィン(癒しの神)も患者を治療するために

薬を投与することはできず、

偉大な聖者でさえ、

瞑想によって思いのままに長生きすることはできない。

偉大な知恵をもつ神インドラも、

医術を見たり、熟慮したり、熟練したりしなかったであろう。


あらかじめ寿命が決まっているという言説の無益さは、

認識には最高の手段である肉眼をもってさえ観察することができる。

たとえば、

大勢の人々のなかで戦いに赴く人たちとそうでない人たちとでは、

異なる寿命をもつ。

同様に、

病気が現れた直後に治療が施された人々と

適切なときに治療を施されない人々、

そして毒を摂取した人とそうでない人では寿命が異なる。

水を飲むための陶器でできた壺(損傷しやすい)と

装飾用の花瓶として使われるものとでは、

それらの耐久性に関して異なる。

したがって健康的な養生法は長寿に導き、

不健全なそれは死へと導く。

人は場所・季節・その人自身の身体と反対の属性をもった

そのような行為と食事の調製に徐々に向かわなければならない。


すべての養生法の

過剰な使用、

使用の欠如、

間違った使用は

避けなければならない。


人はどんな形であれ欲望の満足に支配されることをやめなければならない。

生理的衝動が現れたときそれを抑えてはならない。

無理をすることは避けなければならない。

適切な助言、そして健康維持のための上述の要因を

適切に守ることを我々は知る。(36)



インド哲学では、

運命は前世の行いによってあらかじめ決められていますが、

今生の努力によって弱い運命は変えられると言います。

また、強く運命づけられたものは変えられないとも言っています。

この章では運命と寿命は同等です。

与えられた命をどう生かすかは、

プルシャカーラ(本人の努力)ということですね。


自分自身を懸命に生きる

自分を幸せに導く

そのための努力は惜しまずにやろうと思います。


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