恐怖を乗り越える

人それぞれの悩みがあると思うのですが、

わたしの経験から言うと、

突き詰めた悩みの先は

その人の生きる価値へとつながっているんじゃないかと思います。

本当は生きること自体が価値あることなので、

自分にどう価値を付けるかは無駄なことだと思うのです。

生きているただそれだけに価値を見出せないから

この世に存在する価値を見出そうともがいてしまうんですね。


そして

わたしは未だにもがき続けてしまい、

人間社会の価値観が変われば、

もう少し沢山の人が

楽に生きられるんじゃないかと、

自分の外側が変わってくれるのを望んでしまい、

結局は自分が変わらなければと思考が巡るのです、、、


むかし夫が仕事を辞めて、

自分のやりたいことを模索しはじめた時期があったんです。

事前に伝えてくれたので、

わたしもそれなりの心構えをしたつもりでした。

でもそれが3年以上も続くと

貯金は底をつき、

お金のない恐怖の日々となりました。

恐怖の日々を過ごすので、

体調も悪くなり、

病院にかかったりしてますますお金がなくなるんです。


そのうちに、

こんな状況に陥った原因が夫だと思い込み、

夫への陰惨な気持ちが湧いたりもしました。


そしてある日、

ポストに税金の督促状が入っていたんですね。

それを見て、

「あっ!もうウチにはとっくの昔にお金がなくなっていたんだ、、、」

って分かったんです。


お金がないけど生きているし、

普通に暮らしている、、、

その時になって初めて安堵したんです。


お金がないとなぜ困る?

それは

暮らしていかれないという

死の恐怖につながっていくと思うのです。

「お金がない、でもまだ暮らしているし生きている。」

という状況になって、

はじめて大丈夫感、

お金がなくなる恐怖が乗り越えられたような気がします。


お金がないときに、

馬鹿にする人もいました。

その人には

お金がない=豊かさからほど遠い人=惨めな貧乏人

という解釈だったのかもしれません。

でもね、

そういう人に反応しちゃうことで、

自分が本当に惨めな貧乏人になっちゃうんです。


だから、

お金がない状況=恐怖という感情を認めつつ

勇気を持って、

自分がお金がないことを見つめるしか、

乗り越える術はないんじゃないかと思います。


だから、

お金がなくなるのが怖い人は、

一度お金がなくなるのを経験してみるとか、


人が怖いという人は、

どういう人が怖いのか、

徹底的に人と接してみるとか、、、


わたしはひどい摂食障害に陥った経験はないけれど、

食べる行為を否定するのは、

生きる自分をどこかで否定しているのを

とことん見つめることじゃないかなぁ、、、?


大抵は「死の恐怖」や「存在の否定」とつながっていると思います。

だから、

一生に一回ぐらい「死とはなにか?」

「存在するってどういうこと?」

って恐怖と向き合ってみるのも良いかもしれません。


恐怖を乗り越えた時に、

現実に起こる問題も根底から変わると思います。

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