親子の愛について

今日から7月ですね。

気持ちを切り替えて、

もっともっと気軽に楽しく生きたいと思っています。


ブログを読んでくださるみなさんにとって

母親とはどんな存在ですか?


親を敬うのがあたり前とか

生きているのは親のおかげ

などと言いますが、

わたしの母は、

「母親」という役割を

子供を支配する道具として利用します。


ですから今、

現実に抱える問題を乗り越えるためには

母との問題を解消することが必要でした。


子離れできない親

親の子殺し

子供の自由を奪う親


それでも許すか

逃げるか

戦うか

答えの出ない考えが巡っては

ぼんやりとしてしまう日を送っていました。


もう連絡してこないでと言っても

執拗にメールをしてきたり、

無視すれば

夫にメールをよこしたり、

その内容が

「(わたしが)痩せてしまって心配なので病院へ行くように。」

などわけが分からない内容でした。

痩せてないのに。

それでも無視を続けると、

お金をちらつかせて生前贈与をほのめかし、

「お金は出すので病院で検査するように。」

などと夫にメールをよこすのです。

そんな母ですので、

遺産相続でもめて実の兄弟と仲違いする

一件があったことを叔母から聞いたりしました。


わたしには姉と弟がいます。

弟は母と普通に接します。

姉と母は既に犬猿の仲。

姉は勘が鋭く、

母親のあざとさを小さい頃から見抜いていました。

わたしがそんな母に気づいたのは最近のこと

スピリチュアルアナトミー®のアチューメントを受けた時に飛び出した

わたしのトラウマのフラッシュバックの一件から

両親によるわたしのトラウマの揉み消し工作が始まりました。


何の問題もない家族を粧うためには

わたしのトラウマなど迷惑以外なにものでもなく、

冠婚葬祭の際には

「大人の振る舞いをするように」

と言われました。


再三もう連絡して来ないでと言っても、

全く聞く耳を持たないのです。


そして昨日、

大量の新聞の切り抜きが送られてきたことで、

わたしの中で

「もう終わりにしよう」

という親子関係に終止符を打ちたい気持ちが湧きました。


子供に言われたら傷つく言葉を意図して用い、メールしました。

そして最後にわたしが思う親の愛について、

「どこまでも我が子を自由にすることだ。

本当にわたしを愛してくれるなら自由にして欲しい。」

と伝えました。

今まで溜め込んだ母への怒りと悲しみがこみ上げ

メールをした後、

ソファに倒れ込みました。


その後、

今までは

「もう連絡して来ないで」

と言っても

聞く耳を持たなかったり、

「それでもわたしはお前の母親なのだ」

と母親の権利を主張する反論をよこしたりしたのが

なくなりました。


わたしの母親は愛を知りません。

わたしが痩せれば、

或は太れば、

肌荒れしていれば

何か問題があると思い込み

親が介入できる隙を見つけては

子供にちょっかいを出し

世話をしてやっているという自己満足に浸ります。

そして、

トラウマなど本当の問題には目を背けます。

母の無意識の支配による苦しむ我が子がいるからこそ

「親」として存在できるという勘違いをしているのです。

わたしがいなければと子供の生活に介入し、

居場所を作ろうとする寂しい人だとも思いました。


人それぞれが自由に生きられるような

あるがままの愛を育てていけば平和な家庭が築けます。

「親」という権力を行使する両親にお困りの場合は、

「親であることを権力として使っている」

「本当の愛は、すべてをあるがままに自由にあらせるものだ」

そのことをご両親に気づかせてあげるのも解決に向かうと思われます。

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